メモ:『兵士たちが見た日露戦争』
横山篤夫、西川寿勝 編著、雄山閣
p.11 近現代の戦争
p.17 沙河の戦いのころ、・・・遼陽の戦いで日本軍は銃弾・砲弾を撃ちつくし、これから生産する分も旅順要塞攻略用に手いっぱい、補給のめどはたたなくなっていたのです。しかし、戦地の兵站倉庫に弾薬がないことは前線には知らされませんでした。繊維の喪失どころか、陣地防衛も不可能だったからです。この窮状にひとり気を吐いた部隊がありました。それが各軍第一隊、重砲八門からなる戦利野砲大隊です。・・・ロシアから奪った大砲でさかんに攻撃を仕掛け、砲弾の致命的欠乏はロシア軍に悟られずに済みました。
p.11 近現代の戦争
- 1873(明6) 徴兵制度の開始
- 1877(明10) 西南戦争
- 1894-95(明27~28) 日清戦争、下関条約、台湾征討
- 1900(明33) 北清事変
- 1904-5(明37~38) 日露戦争、ポーツマス条約
- 1910(明43) 韓国併合
月日 | 主な戦闘 | 戦闘軍 | 日本兵力 | ロシア兵力 |
---|---|---|---|---|
4/30, 5/1 | 鴨緑江の戦い | 第一軍 | 42,000 | 24,000 |
5/25,26 | 金州城・南山の戦い | 第二軍 | 38,500 | 17,000 |
6/14,15 | 得利寺の戦い | 第二軍 | 33,600 | 41,400 |
7/23 | 大石橋の戦い | 第二軍 | 34,000 | 20,000 |
7/31, 8/1 | 析木城の戦い | 第四軍 | 34,400 | 33,000 |
8/19~,10/26~,11/26~ | 旅順要塞攻略戦 | 第三軍 | 64,000 | 47,000 |
8/24~9/4 | 遼陽の戦い | 第一・二・四軍 | 134,500 | 224,600 |
10/9~20 | 沙河の戦い | 第一・二・四軍 | 120,800 | 221,600 |
1/25~29 | 黒溝台の戦い | 臨時立見軍 | 53,800 | 105,100 |
3/1~10 | 奉天の戦い | 第一~四軍・鴨緑江軍 | 249,850 | 309,600 |
p.17 沙河の戦いのころ、・・・遼陽の戦いで日本軍は銃弾・砲弾を撃ちつくし、これから生産する分も旅順要塞攻略用に手いっぱい、補給のめどはたたなくなっていたのです。しかし、戦地の兵站倉庫に弾薬がないことは前線には知らされませんでした。繊維の喪失どころか、陣地防衛も不可能だったからです。この窮状にひとり気を吐いた部隊がありました。それが各軍第一隊、重砲八門からなる戦利野砲大隊です。・・・ロシアから奪った大砲でさかんに攻撃を仕掛け、砲弾の致命的欠乏はロシア軍に悟られずに済みました。
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