メモ:『サイコパス 秘められた能力』より

わたしの父はサイコパスだった。・・・
「人間が進化の過程で恐怖を発達させたのは、捕食者から身を守るためなんだとさ」と父が私に言ったことがある。「でも、原始時代じゃあるまいし、今時、治安の悪いエレファント・アンド・キャッスルの界隈だって、サーベルタイガーはそんなにうろついてやしないよな」・・・
・・・わたしたち人間はどうやら本当に、捕食者から身を守るために恐怖を発達させたらしい。・・・
しかし何百万年もたって、街角に必ず野生動物が潜んでいる心配のなくなった世界では、この恐怖メカニズムは過剰反応する可能性がある。神経質なドライバーがいつでもブレーキをを踏める態勢をとっているようなものだ。・・・
・・・カーネギーメロン大学の経済学・心理学教授であるジョージ・ローエンスタイン p.12-13

精神障害がもたらすメリット、暗雲からのぞく光明や心理的慰めを探っていけば、どんな障害であれ、全くプラスにならないとは考えにくい。・・・
こんな質問をサイコパスに投げかけたら、たいてい、そんなことを聞くお前の方がどうかしている、と言いたげなまなざしを向けられるはずだ。サイコパスには暗雲なんてものはない。あるのは光明だけだ。・・・
私はあらゆる経歴を持つ非常に多くのサイコパスに会った・・・姿を見せるだけでサイコパスだと分かる、極悪非道な大物たちだ。その一方で、社会を食い物にするどころか、冷静沈着さと断固とした決断力によって社会を守り、豊かにしているサイコパスにも会った。外科医、兵士、スパイ、起業家――なんと弁護士もいた。p.17

2009年、アンジェラ・ブックらカナダのブロック大学の研究チームの実験「テッド・バンディの「いい被害者は歩き方でわかる」」を検証。47人の被験者は、12人をその歩き方から「カモにされやすさ」を評価する。実際に犯罪被害にあったことがある人を当てられるか。精度は、サイコパスと診断された受刑者>サイコパス的傾向をもつ学生>それ以外の学生。

イギリスのトップクラスの神経外科医の発言「執刀する患者に思いやりなんて抱かない。そんな余裕はない。オペ室では別人になる。冷酷無慈悲な機械になって、手にしたメスやドリルや鋸と完全に一体化するんだ。脳という雪山で死を相手に戦っている時は、感情の出る幕はない。感情は混沌をもたらし、仕事に差し支える。私は長年、感情を探し出してはことごとく抹殺してきた。」p.33

サイコパスは怖いもの知らずで、自信にあふれ、カリスマ性があり、非常で、一点に集中する。彼らは、世間一般の思い込みとは裏腹に、必ずしも暴力的ではない。・・・サイコパスの周辺には内側にも外側にもグレーゾーンがある。・・・「危険地帯(inner city)」の住人は一握りの有名人だけだ。p.34


わたしたちにもサイコパスを見抜く目があるのだろうか。
2003年、カリフォルニア大学サンディエゴ校医科大学院の精神医学教授リード・メロイの調査。刑事裁判と精神衛生の専門家450人にサイコパス的な相手との面接で奇妙な身体的反応を経験したか。・・・男性71%、女性84%Yes。「自分が昼食にされるかもしれない」「吐き気・・・嫌悪感・・・魅入られたような心地」「邪悪な存在が体を通り抜けて行った」

では、わたしたちは厳密にはサイコパスの何に反応しているのだろう。

p.38~ サイコパシーは人格障害なのか、はたまた、ゲーム理論の観点から、生物学上もっともな策略――太古の原始的な環境において生殖上かなり有利になる進化戦略と見るべきなのか。
・・・
もちろん問題は、タカ派戦士を平時に信用できるかだった。
オックスフォード大学の・・・ロビン・ダンバーも・・・古代スカンジナビア人の「猛戦士(ベルセルク)」を引き合いに出す。・・・本来は守らなければならないはずの共同体のメンバーに牙を剥き、同胞に対する野蛮な暴力行為に走る危険なエリートたちの図だ。
ここに謎を解くカギがあるのではないか・・・わたしたちの内なる「サイコパス・レーダー」がどのように進化してきたのかを解くカギが。
・・・
祖先の時代には、・・・冷酷非情なハンターがいたことはたしかだ。ただし・・・今で言うサイコパスだったかどうか・・・判断のネックになるのは共感だ。祖先たちの時代、最も成功し、熟達したハンターは・・・もっとも冷静で他人に共感できる人間だった。狩られる側の考え方に同化し・・・闘争過程・・・を確実に予測することのできる人間だった。
・・・
では、相手に共感を示す・・・捕食者が、本当にサイコパスだとどうして言えるのだろう。・・・
トロッコ問題・・・
なるほど、サイコパスには・・・熱い共感、あけっぴろげな愛情表現は恐らくかけている。だが後者の冷たい共感となると、サイコパスの独擅場だ。・・・
もちろんサイコパスが説得の達人である理由は他にもあるが。スイッチのありかがわかっていて、スイッチを押しても熱いとか余計なことを感じずに済めば、さっさとスイッチを押して目的を達成できる。p.44

2005年、サリー大学のべリンダ・ボードとカタリナ・フリッツォンは、企業のリーダーには厳密にどんな資質が必要かを突き止めるべく調査を実施した。・・・
企業経営者、精神疾患の患者、入院中の犯罪者を対象に心理的プロファイリングテスト・・・
いくつかのサイコパス的特性――表面的な魅力、自己中心性、説得力、共感の欠如、独立心、一点集中力――はじつは「精神障害のある」犯罪者よりも企業のリーダーのほうによく見られ、両者の主な違いは「反社会的」な側面にあった。犯罪者の方が違法行為、身体的攻撃、衝動性の「調整つまみ」が高い位置に設定されていたのだ。
ほかの研究も「調整つまみ」の構図を裏付けているように思える。社会的に成功するサイコパシーと反社会的なサイコパシーとの境界はサイコパス的特性そのものの有無ではなく、その度合いと組み合わせで決まる、というものだ。p.48

月着陸時、二―ル・アームストロングの常人ばなれした冷静さのエピソード

恐怖は伝染するか p.55~
スカイダイビング初体験中の汗と、ランニングマシン運動中の汗を嗅がせてfMRIスキャナーで脳を撮影。恐怖を感じている人の汗をかいだ被験者は、・・・恐怖をつかさどる脳の領域(扁桃体と視床下部)が大幅に活性化していた。

2000年、スティーブン・ルーベンザー、トマス・ファシンバウワー、歴代のアメリカ大統領全員の伝記執筆者にNEO人格目録を送付した。「他人に利用される前に他人を利用すべきだ」「人を傷つけてもやましさを感じたことはない」など。JFKとクリントンを筆頭に、何人もの大統領が顕著なサイコパス的特性を示した。


つまり、機能的なサイコパシーは状況に依存しているわけだ。人格理論の用語を使えば「特質」ではなく「状態」ということになる。そして適切な状況においては、意思決定の速さと質を阻害するどころか向上させる可能性がある。
1980年代、社会学者のジョン・レイが同様の結論に達した。・・・「サイコパシーは極端に高水準でも極端に低水準でも適応性がなく、中間レベルが最も適応性がある。高水準のサイコパシーが適応性に欠けるという根拠は、言うまでもなく、病的なサイコパスがしばしばトラブルに巻き込まれることだ。サイコパシー度の低い人間も適応性に欠けるという根拠は、サイコパシーにおける不安という要素についての一般的な所見から生じる。つまりサイコパスは不安な様子を見せないという所見だ。強い不安が人を衰弱させるというのは、改めて強調する必要もほとんどないだろう。したがって、正常な、施設に収容されていない人々の中では、サイコパスがあまり不安を感じないことは強みになる可能性がある。」p.178

ロバート・ヘアに質問
「そうだな、社会全体では確かによりサイコパス的になっていると思う。つまり、20年前はおろか十年前にも見かけなかったようなことが起きている。子ども達は早くからインターネットでポルノに接するせいで普通のセックスに無感覚になっている。みんな忙しすぎるか気難しすぎるかで、本当の友人を

一方、ニューマン<ジョセフ、ウィスコンシン大学教授>は違う意見だ。サイコパスは恐怖を感じられない――従来、文学で描かれるように感情のないがらんどう――と考えるのではなく、実際は単に気づかないだけだと主張する。・・・ニューマンによると、サイコパスが苦痛を感じたり他人の苦痛に気づいたりしないのは、すぐに見返りのある課題に集中しているとき、「無関係」なことはすべてシャットアウトするからだ。感情面の「視野狭窄」が起きるわけだ。
<矛盾する文字の書かれた絵を言葉にするストループ干渉の実験で>重要な閾値を超えてからの反応パターンの段階的変化だ。PCL-Rの下側斜面にいる人々は、誰もがほぼ同程度の成績で、同じくらい手を焼く。一方、サイコパシーの臨床的なベースキャンプ――得点が28点から30点――に到達したとたん、力学は劇的に変化する。このように、人が滅多に足を踏み入れないような高地の住民になると、急に簡単になる。他の人間には目につく余計な情報を、彼らは処理しないかのようだ。
・・・しかし、電気ショックが流れる可能性を際立たせた場合は・・・より神経をピリピリさせたのは今度はサイコパスのほうだった。
「[サイコパスは]とかく冷淡で恐いもの知らずだと思われている・・・しかし絶対にそれだけではない。感情に集中している時、サイコパス的な人間がふつうの[感情的な]反応をするのを我々は目にしてきた。一方、感情以外のことに集中しているときは、感情にはまったく鈍感になる。」p.105

サイコパシーは連続したスペクトラム(モラルが重みを失う状態への道はなだらか)なのか、段階的に急激な変化をするのか。可能性はあるが答えはこの本で得られていない。P.107付近

1970年代後半、政治学者のロバート・アクセルロッドが囚人のジレンマに関して行った実験。14人の研究者が、協調的反応と競争的反応を組み込んだプログラムを作成し、得点を競った。
ダントツで強かったプログラムは、生物学者のアナトール・ラパポートが設計した「Tit for Tat(しっぺ返し)」。まず協調し、それからライバルの直前の反応をそっくり真似する。一回戦でライバルも協調すれば、ひきつづき協調。ライバルが競争すればやり返す(相手が協調に転じるまで)。・
マクロ的な調和とミクロ的な個人主義は、進化においては表裏一体。与える方が受け取るよりも善とはかぎらなかった。与えることは受け取ることにほかならなかった。
Tit for Tat は必要とあらば、ライバルに打ち勝つことに少しもひるまなかった。ひるむどころか、チャンスと見るや、すぐさま同点にした。・・・形勢不利になってきたら、自ら進んで強豪たちと殴り合いのけんかをすることができた。・・・Tit for Tat の成功の青写真には確かにサイコパス的要素がある。一方ではうわべの魅力。その一方で、他者に対する報復を容赦なく追い求める面もある。それからいうまでもなく、悪いことなど起きなかったかのように平常に戻る、ずぶとい自信がある。p.135-136

ジェームス・ブレア「困った事態になった場合は、サイコパシーを抱えている人間のほうがそのことをあまり気に病まない。しかし、そうした状況でサイコパシーを抱えた人間の意思決定が特に優れているかどうかはあまり明らかではない。さらに、脅威の度合いをきちんと分析せずに、危険から遠ざかるのではなく逆に危険の中に踏み込んでしまう可能性もある。」p. 173

ケント・キール「サイコパス的特質がふつうは人口全体に分布しているというのは理にかなっている。しかし、機能的なサイコパスとスペクトラムの高い方に位置するサイコパスとの違いは、後者はスイッチをオフにするべき時にオフにできないことだ。ビジネスの特定の分野ではリスクを回避しないCEOでも、物騒な界隈を夜に歩き回りたくはないだろう。サイコパスはその区別がつかない。」

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